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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)3422号 判決 1977年3月08日

原告

河田秋義

被告

株式会社マガジン社

ほか一名

主文

被告株式会社マガジン社は、原告に対し、六一三万〇三九三円並びにうち金五五八万〇三九三円に対する昭和四八年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員及びうち金五五万円に対する昭和四九年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告株式会社マガジン社に対するその余の請求及び被告松井庄七に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告株式会社マガジン社との間に生じた分は、これを二分し、その一ずつを原告、同被告それぞれの負担とし、原告と被告松井庄七との間に生じた分は、全部原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告株式会社マガジン社(以下、「被告会社」という。)は、原告に対し、金一一四四万〇五三八円並びにうち金九九四万〇五三八円に対する昭和四八年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員及びうち金一五〇万円に対する昭和四九年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告松井庄七(以下「被告松井」という。)は、原告に対し、金一一三二万〇五三八円並びにうち金九八二万〇五三八円に対する昭和四八年一〇月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員及びうち金一五〇万円に対する昭和四九年八月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年一〇月一二日午後三時ころ

2  場所 大阪市東淀川区新高南通二丁目二三番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

3  加害車 小型貨物自動車(泉四四に二六三号)

右運転者 訴外佐藤功(以下「訴外佐藤」という。)

4  被害者 自動二輪車(大阪ま六一五二号)

右運転者 原告

5  態様 本件交差点を北から東へ左折しようとした加害車が、西から東へ直進してきた被害車に衝突した。

二  責任原因

1  被告会社

(一) 使用者責任(民法七一五条一項)

訴外佐藤は、事故当時被告会社の従業員であつたところ、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、本件交差点に差し掛かつた際、同交差点の手前に一時停止の標識があるのに一時停止をせず、かつ、右方の安全確認を怠つたまま同交差点内に進入した過失により、本件事故を発生させた。なお、被告会社は、訴外日本出版販売株式会社(以下「日本出版」という。)から買い入れた雑誌類を販売しそれにより利益を得ているものであるが、実際には、パン屋、たばこ屋等の小売店舗に一定のマージンを支払う条件で右雑誌類の販売を委託し、右委託店の店頭に被告会社においてブツクスタンドを設置して被告会社が配達する雑誌類を販売してもらい、右マージンを差し引いた売上金を委託店から回収するという販売方法をとつており、訴外佐藤は、事故当時、被告会社の指示にもとづき、日本出版より雑誌類を受け取り、これを右委託店に配達し、かつ、委託店から売上金の回収を行つていたものであるところ、同人は、右業務を行うにあたり、被告会社から配達すべき雑誌類の冊数、配達すべき日時・場所、委託店から回収すべき売上金の額、回収した売上金のうち同人が取得すべき金額等をあらかじめ具体的に指示され、また、被告会社が資金援助をする従業員慰安会に参加し、被告会社から生活費の前借りをし、右配達、集金等の業務に使用していた加害車を被告会社の代表取締役である被告松井から有利な条件で譲り受けるなど、被告会社から多くの便益を受けていたものであり、右のような事情からすると、訴外佐藤は、被告会社の従業員であつたというべきである。

(二) 運行供用者責任(自賠法三条)

仮に、訴外佐藤が被告会社の従業員でなかつたとしても、被告会社は、訴外佐藤に対し、他の雑誌類販売業者との取引を禁じ、訴外佐藤も、被告会社とのみ取引を行つていたものであるから、被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供していたものといえる。

2  被告松井(運行供用者責任)

被告松井は、被告会社の代表取締役であるが、被告会社は従業員も少なく、実態としては、被告松井の個人会社と変わりがなく、被告松井の支配力が個々の従業員にまで及んでいたものであるところ、被告松井は、訴外佐藤のために加害車を買い入れ、これを安価に、しかも、代金分割払(二年間月賦払)の約定で同人に譲渡したもので、事故当時は右代金の支払が完了しておらず、加害車の登録も被告松井名義でなされたままになつていた(なお、右登録名義は、訴外佐藤が代金を完済した後も、同人名義には変更されなかつた。)等の事情が存するから、被告松井は、事故当時訴外佐藤の加害車の運行に対し、殊に強い支配力を有していたものというべく、被告松井は、加害車を自己のために運行の用に供していたものと解するのが相当である。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

頭部外傷Ⅱ型、鼻骨骨折、顔面(右上下眼瞼、左前額部、頭部、左頬部、鼻根部)裂創、眼輪筋断裂、下顎部裂創

(二) 治療経過

入院 三五日間

通院(実日数) 五〇日

(三) 後遺症

右眼瞼・まつ毛の欠損、右眼の著しい視力障害(視力〇・一で、矯正は不能である。)、顔面醜形の後遺障害が残り、昭和四九年五月九日症状が固定した。

2  治療関係費

(一) 治療費 四九万五四〇八円

(1) 共立診療所分(既払分六五万円を差し引いた残額) 四七万九三八〇円

(2) 上田外科病院分 一万四六五〇円

(3) 木田眼科分 一三七八円

(二) 入院雑費 一万七五〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による三五日分

(三) 入院付添費 五万二五〇〇円

入院中一日一五〇〇円の割合による三五日分

(四) 通院交通費 三万一五〇〇円

3  逸失利益

(一) 休業損害 四四万一二九一円

原告は、事故当時二五歳で、二級整備士の資格を有し、河田モータースという名で自動車整備業を営み、年額一二九万四六〇〇円(昭和四八年賃金センサス学歴計二五ないし二九歳労働者(ただし、パートタイム労働者を除く)の平均給与額)以上の収入を得ていたが、本件事故により昭和四八年一〇月一二日から昭和四九年五月九日まで休業を余儀なくされ、その間七四万一二九一円の収入を失つたものであるところ、被告らから右損害金として三〇万円の支払を受けたので、これを右損害額から差し引くと、残額は四四万一二九一円となる。

(二) 将来の逸失利益 七七九万二三三九円

原告の稼働可能時間は、症状固定時である昭和四十九年五月九日から四二年間で、事故がなければその間事故当時と同程度の収入を得ることができるはずであつたところ、前記後遺障害のため、その労働能力を二七パーセント喪失したと考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、七七九万二三三九円となる。

4  慰藉料 九九万円

前記の傷害、後遺症の程度、将来の事業経営に対し原告が抱いている不安などを考えると、原告の慰藉料額は、二三〇万円とするのが相当であるところ、自賠責保険金一三一万円の支払を受けたので、これを右損害額から差し引くと、残額は九九万円となる。

5  車両損害 一二万円

原告は、事故当時被害車を所有していたが、被害車は、本件事故により全損した。

6  弁護士費用 一五〇万円

四  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、不法行為の日の翌日から(ただし、弁護士費用に対する遅延損害金については、不法行為の日の後である昭和四九年八月一七日から)民法所定年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

請求原因一のうち、訴外佐藤が同項1記載の日時に車両事故を起こしたことは認めるが、その余は不知。

同二は争う。事故当時、訴外佐藤は被告会社の従業員ではなかつた。

同三は不知

第四証言関係〔略〕

理由

第一事故の発生

成立に争いのない乙第五ないし第八号証、第一一、第一二号証によれば、請求原因一の1ないし4の事実(訴外佐藤が同項1記載の日時に車両事故を起こしたことは、当事者間に争いがない。)が認められる(事故の態様については、後記認定のとおりである。)。

第二責任原因

一  被告会社

まず、訴外佐藤の過失の有無について判断する。

前掲乙第五ないし第八号証(第五、第七、第八号証についてはいずれもその一部)、第一一、第一二号証、撮影者・撮影年月日・撮影場所に争いのない検乙第一ないし第六号証、検丙第一号証の一ないし六、原告本人尋問の結果の一部、元相被告佐藤功本人尋問の結果の一部を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件交差点は、東西道路と北東から南西へ伸びる道路(以下、便宜上「南北道路」という。)とが交わる交差点で、事故当時は交通整理が行われていなかつたこと、東西道路の幅員は約七メートル、南北道路の幅員は、本件交差点の北側で約五・五メートル、南側で約七メートルであり、東西道路には、そのほぼ中央にセンターラインが敷かれている(ただし、交差点内を除く。)こと、本件交差点の北西角には、商店の建物が、南北道路に面しては道路際まで、東西道路に面しては道路近くまで建つており、また、同交差点西側、東西道路北側の道路沿いに葉の茂つた樹木が植えられているため、南北道路交差点北側と東西道路交差点西側との道路相互間の見通しはよくない状態にあること、南北道路の本件交差点北側には、南北道路を南進する車両に対し、一時停止の標識が設けられており、同標識南側の本件交差点内路上には、停止線が引かれていること(右停止線は、南北道路と直角に引かれており、その東端は、ほぼ東西道路北端の延長線(以下「北端延長線」という。)上にある。)、現場付近道路の最高速度は、事故当時時速四〇キロメートルに制限されていたこと

2  訴外佐藤は、加害車(車長三・八六メートル、車幅一・五四メートル、東高一・七九メートルで、運転席のすぐ前が車体前面になつている。)を運転し、時速約二〇キロメートルの速度で南北道路を南進し本件交差点に差し掛かり、同交差点を北から南へ通過しようとしたが、同交差点手前に前記のとおり一時停止の標識があつたので同標識に従い前記停止線より車首がやや前に出た位置で停車したが、その位置からは、右方道路(東西道路交差点西側)の見通しが効かなかつたこと、次いで同人は、右停車地点から加害車を発進させ、右方道路から進行してくる車両の有無を確認することなく時速約一〇ないし一五キロメートルの速度で東西道路の中央へ進出し、停車地点から約八メートル進行した地点で自車のすぐ右側まで接近してきている被害車を発見したが、右発見時には既に被害車が間近に迫つていたため、何ら衝突を回避する措置を講ずる間もなく被害車と衝突したものであること

3  原告は、被害車(総排気量七五〇cc)を運転し、時速約四〇キロメートルの速度で東西道路の北側車線(東行車線)センターライン寄りを東進し、本件交差点に差し掛かつたが、南進する加害車が同交差点に差し掛かつているのに全く気付かず、時速約三五キロメートルに減速したのみでそのまま同交差点を西から東へ通過しようとしたものであるところ、前方に対する注視が十分でなかつたこともあつて、同交差点に進入する直前に初めて左方道路(南北道路交差点北側)から交差点中央へ進出してきた加害車を発見したものの、衝突を回避する措置を講ずる間もなく、本件交差点内の北端延長線から約三メートル南の地点(乙第六号証交通事故現場図の×点参照)で自車前部を加害車右前輪の前上方付近に衝突させたこと、原告は、右衝突の衝撃により加害車の荷台部右側上部に二枚あるうちの前方の窓ガラス付近に頭部・顔面を強打してガラスを破損させたうえ路上に転倒し、その際後記の傷害を負つたこと、

原告は、事故当時ヘルメツトを着装していなかつたこと

以上の事実が認められ、乙第五、第七、第八号証、原告本人尋問の結果、元相被告佐藤功本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は、前掲各証拠に照らし採用し難い。

右認定事実によれば、訴外佐藤には、本件交差点に差し掛かつた際、右方道路の見通しがよくなく、しかも、同交差点手前に一時停止の標識が設けられていたのであるから、右方道路の見通しが効く状態になる位置まで自車を除行進行させてそこに停車し、右方道路を見通し交通の安全を確認したうえで自車を発進させ交差点を通過すべき注意義務があつたにもかかわらず、右方道路の見通しが効かない停止線付近で停車しただけで、結局右方道路を見通すことなく、交通の安全を確認しないまま漫然と自車を交差点中央付近へ進行させた過失があるものというべきところ、前掲検乙第一号証、検丙第一号証の一、四によれば、本件交差点西側の東西道路北側にある前記樹木の枝葉の一部が東西道路上にはみ出していることが認められ、右事実によれば、訴外佐藤は、加害車をかなり北端延長線より先(南側)へ進出させないこと右方道路を見通すことができなかつたのではないかとの疑問が生じるが、また、右諸証拠及び前掲検丙第一号証の五によれば、右の樹木は、交差点際(交差点北西角)まで植えられているものではなく、しかも、その枝葉が道路上に大きくはみ出しているのは、おおよそ路上一・五メートル前後の高さより上の空間に限られていることが認められるのであり、右事実に、前認定の加害車の構造(車高、車幅・運転席の位置)、東西・南北両道路のなす角度(四〇ないし五〇度)、事故当時の加害車・被害車双方の進行状況及び両車両の衝突地点、更に、経験則上被害車の車幅は、せいぜい一メートル前後であると解されること(乙第五号証中の「被害車の車幅は一・八八メートルである」旨の記載は誤記と思われる。)をも併せ考慮すると、訴外佐藤は、自己の目の位置が北端延長線のやや南側にあれば、十分加害車内から右方道路を見通すことができ、仮に加害車が右見通し可能地点で停止した場合、その左前角の北端延長線から距離は、直進してくる被害車の車体左端の北端延長線からの距離よりはるかに短くなるはずであつたと推認するのが相当であり(加害車の左前角を東西道路の中央付近(乙第六号証交通事故現場図の<2>点参照)まで進出させても右方道路の見通しが効かなかつた旨の元相被告佐藤功本人尋問の結果は、右諸証拠等に照らし採用し難い。)従つて、訴外佐藤は、前記の注意義務を尽くしていれば、加害車の被害車との衝突を避けることができたものと解すべく、訴外佐藤の前記過失と本件事故との間には、相当因果関係があるものというべきである。

次に、事故当時訴外佐藤が被告会社の被用者であつたか否かにつき判断する。

証人石田碩之の証言、元相被告佐藤功本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告会社は、雑誌類の販売を業とするものであるが、同会社の雑誌類の買入先は日本出版のみであり、他方、買い入れた雑誌類の販売は、街のパン屋、たばこ屋等の小売店舗に一定のマージン(売上金額の一〇パーセント程度)を支払う条件でこれを委託し、被告会社が配達する雑誌類を店頭で販売してもらい、後で右マージン分を差し引いた売上金を各委託店から回収するという方法で行われていること

2  事故当時被告会社が買い入れた雑誌類の委託店への配達及び委託店からの売上金の回収(以下「配達・集金」ということがある。)については、被告会社の指示にもとづき一〇名ほどの者がその業務に携わつていたもので(以下・右業務に携わる者を「販売員」という。)、その一人が訴外佐藤であつたこと、少なくとも、右販売員のうち訴外佐藤を含む約半数の者は、被告会社より月給制で給与の支払を受けるのではなく、自己が配達・集金を受け持つ委託店より回収した売上金の中から被告会社との間で取り決めた一定割合の金員を取得するという形で収入を得ていた(訴外佐藤の場合には、委託店のマージンを差し引く前の売上金額の約八パーセントが同人の取得分と決められていた。)こと

3  販売員は、被告会社から指定された委託店のみを対象として配達・集金業務を行うこととなつており、販売員が自己の受持ちの委託店を増やすべく新たに委託店となつてもらうよう独自に街の小売店舗と交渉することは、被告会社の禁ずるところではないが、右交渉により新たな委託店を獲得した場合でも、販売員が勝手に同店に被告会社買い入れの雑誌類を配達することは許されず、右販売員が被告会社に新たに委託店を獲得したことを報告し、それにもとづき被告会社が同店への販売委託を了承し、右販売員に雑誌類の配達を指示して初めて同店が右販売員受持ちの委託店となること、しかし、販売員が右のように自己受持ちの委託店を自らの努力で増やしても、売上金額のうち販売員が取得しうる金員の割合が増大するわけではないこと、販売員は、あらかじめ被告会社から、その受持ちの各委託店に配達すべき雑誌の種類・冊数を指示され、それにもとづいて、被告会社指定の日時に、同会社指定の場所で(例えば、訴外佐藤は、日本出版海老江営業所で雑誌類を受け取つていた。)日本出版から右指示のあつた冊数分の雑誌類を受け取り(もつとも、日本出版から配送される雑誌類を受け取るように指示されていた販売員もあるが、その場合も、販売員の方で雑誌の冊数を決めて日本出版に配送を頼むということはなかつた。)、これを被告会社から指示されたとおりの冊数ずつ受持ちの各委託店に配達して回り、他方、あらかじめ定められている雑誌類の委託店での店頭販売価格及び委託店のマージン割合により自動的に算出される金額を各委託店より回収し、そこから自己の取得分を差し引いた残額を被告会社に納入するものであること

4  販売員は、被告会社の従業員のような態度で日本出版から雑誌類を受け取り(例えば、訴外佐藤は、「マガジン社の佐藤です。」と言つて雑誌類を受け取つていた。)、その際特に受領証を発行しないこと、また、雑誌類を配送してもらう販売員の場合には、「マガジン社某」等被告会社の肩書を入れた受領証を発行するものであること、委託店と販売員との間で販売委託に関しトラブルが生じた場合には、販売員の報告等にもとづき被告会社が責任をもつて委託店と交渉することになつていること

5  各委託店では、店頭にブツクスタンドを設置してもらい、そこに配達される雑誌類を並べて販売を行う方式をとつているが、被告会社は、販売員の独自の交渉により新たな委託店ができた場合でも、右委託店に設置するブツクスタンドの購入費用の半額を負担するものであること(あとの半額は販売員)、販売員は、かなりの数の委託店を受け持ち配達・集金を行うため、業務遂行上どうしても自動車の使用を必要とするものであるところ、被告会社及び同会社代表者被告松井は、自己資金で一且雑誌類の運搬に適した自動車を購入したうえ、これを長期の代金割賦払の約定で各販売員に売り渡して販売員の業務遂行に対し便宜を図つており、事故当時も、大半の販売員が右の方式で被告会社あるいは被告松井から業務用に使用する自動車を購入していたものである(なお、訴外佐藤は、業務用の自動車以外にも、被告松井から同様の方式で乗用自動車等を購入していた。)こと、被告会社は、例年従業員の慰安会を企画し、これに対し金銭的補助を行つているが、同会には、被告会社の役員や経理・販売拡張担当の従業員らの外、販売員も参加することになつていること、販売員は、生活費等が必要な場合には、被告会社から一時資金の融通を受けられる場合もある(訴外佐藤も、本件事故前委託店から集金した金員の被告会社への引渡を一部猶予してもらうという形で生活資金の融通を受けたことがあつた。)こと

6  訴外佐藤は、昭和四七年三月ごろから昭和五〇年四月末まで、他の業者と取引することなく、被告会社の指示に従い、専属的に前記配達・集金業務に従事していたものであること、同人は、右業務開始にあたり、被告松井から、同被告名義の本件加害車を昭和四七年四月から昭和四九年三月までの二四回月賦払で購入し、これを右業務用に使用していたところ、事故当日、加害車に雑誌類を積んでこれを自己の受持ちの委託店に配達して回つている途中、本件事故を起こしたものであること

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件においては、日本出版からの雑誌類の受取から委託店への配達、委託店からの集金に至るまで、販売員の業務内容及び業務遂行の態様は、ほとんど被告会社の指示により決定されるものであること、販売員が自力で受持ちの委託店を増加させても委託店における売上金中に販売員の取得分が占める割合は変らず、しかも、各委託店に配達する雑誌類の冊数が被告会社により定められるため、販売員がその業務遂行により取得すべき金額を自力で動かしうる余地は、事実上きわめて少ないこと、被告会社は、日本出版と販売員、委託店と販売員の間に生ずるトラブルにつき、最終的な責任を負う立場にあること、被告会社は、ブツクスタンド購入費用の一部負担、販売員に対する業務遂行上必要な自動車の有利な条件での売渡などを通じて販売・集金業務の円滑な遂行を確保すべく配慮し、また、慰安会の企画や生活資金の融通等を通じ、販売員に対し、通常の従業員と同等の便宜供与を行つていること、訴外佐藤も事故当時専属的に被告会社と契約を結び、被告会社の指示に従い販売・集金業務に携わつていたものであること等の事情が存するのであり、これらの諸事情に、被告会社の事業の内容・形態をも併せ考えると、被告会社は、訴外佐藤が販売員として行う業務を被告会社の業務の一部と同視しうべき程度に、同人の業務遂行に対し支配・管理を及ぼしていたものであり、右支配・管理を通じて訴外佐藤の業務執行を監督することができ、また監督すべき同人の使用者と同視しうべき地位にあつたものと解するのが相当である(もつとも、元相被告佐藤功本人尋問の結果によれば、雑誌類の売上金回収にあたつては、被告会社が販売員あてに請求書を送付し、販売員は、これとは別に自己の受持ちの各委託店に対し、自己名義の請求書を交付するものであること、訴外佐藤は、前記のとおり、昭和五〇年四月末で被告会社との契約関係を解消したが、翌五月からは、被告会社と同様日本出版から購入した雑誌類の販売を業とする訴外株式会社阪神サンブツクスと契約関係を結び、被告会社と訴外会社との間で話合がなされたうえ、引き続き従来受け持つていた委託店を対象として配達・集金業務に携わつていることが認められるが、右事業の存在は、被告会社が訴外佐藤の使用者と同視しうべき地位にあつたとの前記結論に影響を及ぼすものではない。)。

そして、前認定のとおり、訴外佐藤は、販売員としての業務執行の一環として加害車を運転中に、前記過失により本件事故を発生させたものであるから、結局被告会社は、民法七一五条一項により本件事故による原告の損害を賠償する責任があるものというべきである。

二  被告松井

前認定のとおり、被告松井は、その買い入れた自動車を長期の代金割賦払の約定で相当台数販売員に売り渡し、販売員の自動車購入の便宜を図つているものであり、元相被告佐藤功本人尋問の結果によれば、事故当時被告会社には、販売員以外に経理担当、販売拡張担当の従業員が二名くらいずついるのみの小規模な会社であつたことが認められるが、これらの事実のみによつては、被告会社が実質的に同会社代表者である被告松井の全くの個人会社であつたとは、到底認めることができず、他にこれを推認させる事情も存しない。また、前認定のとおり、訴外佐藤は、加害車を被告松井より買い入れたものであるところ、事故当時はその代金支払が完了しておらず、元相被告佐藤功本人尋問の結果によれば、加害車の登録についても事故当時は被告松井名義のままであり、訴外佐藤への名義変更がなされていなかつたことが認められるが、加害車は、訴外佐藤が被告松井よりこれを買い入れてから事故当時に至るまで、もつぱら訴外佐藤が運転し主として販売員業務に使用していたものであり、被告松井個人の利益のためには使用されていなかつたことが元相被告佐藤功本人尋問の結果、弁論の全趣旨により認められることをも勘案すると、加害車につき代金支払及び名義変更が完了されていなかつた事実をもつて、被告松井が加害車の運行に対し支配力を有していたものと解するのは相当でない。そして、他に被告松井が事故当時加害車について運行支配・運行利益を有していたことをうかがわせる事情は証拠上存しないから、結局被告松井には、運行供用者責任がないものというべきである。

なお、被告会社の代表者である被告松井が訴外佐藤を現実、具体的に指揮監督していたこと(民法七一五条二項)を認めるに足りる証拠はないから、同被告には同条項による責任もないというべきである。

第三損害

一  受傷、治療経過等

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第二ないし第一〇号証(甲九号証は一部)、第一一号証の一ないし三によれば、請求原因三1(一)の事実(ただし、眼輪筋断裂を生じたのは、右眼のみである。)、原告は、右受傷の治療のため、昭和四八年一〇月一二日から同年一一月一五日までの三五日間共立診療所に入院し、同年一二月二七日から昭和四九年五月二〇日までの間に、上田外科病院に三七日、木田眼科に一一日、大阪大学医学部付属病院(眼科)に二日それぞれ通院したこと並びに原告には後遺症として、右眼まつ毛の欠損、右上眼瞼の外飜及び欠損(同障害のため、右眼を閉じることができない。)、右下眼瞼の一部欠損(いわゆる兎眼となる。)、右眼の視力障害(視力〇・一で、矯正は不能である。)、右眼角膜びらん(兎眼のため角膜障害が強くなる可能性がある。)、顔面醜状(裂創部位を中心に多数の瘢痕が形成されている。)の後遺障害が残り(なお、今後右上眼瞼に対し外飜整復術及び植皮等による欠損部回復術を施すことにより、右眼の視力が矯正視力〇・五程度まで回復する可能性がないではない。)、昭和四九年五月九日症状が固定したことが認められ、甲第九号証中この認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  治療関係費

1  治療費 一一四万五四〇八円

前掲甲第五ないし第八号証によれば、原告は、共立診療所分一一二万九三八〇円(訴外佐藤が既に支払つている分を含む額である。)、上田外科病院分一万四六五〇円、木田眼科分一三七八円、合計一一四万五四〇八円の治療費を負担し、同額相当の損害を被つたことが認められる。

2  入院雑費 一万七五〇〇円

原告が三五日間入院したことは、前認定のとおりであり、経験則上、原告は、右入院期間中一日五〇〇円の割合による合計一万七五〇〇円の入院雑費を要したものと認められる。

3  入院付添費 四万六五〇〇円

前掲甲第四号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨及び経験則によれば、原告は、前記入院期間のうち昭和四八年一〇月一二日から同年一一月一一日までの三一日間付添看護を必要とし、その間現実に母親の付添看護を受け、一日一五〇〇円の割合による合計四万六五〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

4  通院交通費 二万五〇〇〇円

原告が合計五〇日間通院したことは、前認定のとおりであるところ、前認定の原告の受傷の部位・程度、前掲甲第八ないし一〇号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨及び経験則によれば、原告は、右通院のため、大阪市淀川区新高二丁目の自宅と豊中市庄内幸町四丁目所在の上田外科病院、同市西町二丁目所在の木田眼科及び大阪市福島区堂島浜通三丁目所在の阪大医学部付属病院との間をタクシーで往復することを余儀なくされ、通院一回につき、いずれも五〇〇円程度の交通費を要し、合計二万五〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を越える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

三  逸失利益

1  休業損害 八〇万七四九三円

前認定の原告の受傷の部位・程度、治療経過並びに前掲乙第八号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨及び経験則によれば、原告は、事故当時二五歳で二級整備士の資格を有し、河田モータースという名で自動車整備業を営み、少なくとも昭和四八年賃金センサス学歴計二五ないし二九歳男子労働者の平均給与額(年額一四〇万三五〇〇円)と同額程度の収入を得ていたが、本件事故により昭和四八年一〇月一二日から昭和四九年五月九日までの二一〇日間休業を余儀なくされ、その間八〇万七四九三円の収入を失つたことが認められる。

(算式)一、四〇三、五〇〇×二一〇÷三六五=八〇七、四九三

2  将来の逸失利益 八三二万五四二一円

経験則によれば、原告の稼働可能期間は、昭和四九年五月一〇日から四一年間で、事故がなければその間事故当時と同額程度の収入を得ることができるはずであつたと解されるところ、前認定の原告の受傷・後遺障害の部位・程度、原告の職種等を勘案すると、原告は、前記後遺障害のため、右全稼働可能期間を通じ、その労働能力を二七パーセント喪失したものと認めるのが相当であるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式による年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、八三二万五四二一円になる。

(算式)一、四〇三、五〇〇×〇・二七×二一・九七〇=八、三二五、四二一

なお、前認定のとおり、原告の右眼視力障害の後遺障害については、今後の手術によりその程度が減ずる可能性もないわけではないが、その可能性の程度は証拠上明らかでないから、右事情をもつて右判断は左右されない。

四  慰藉料 二七〇万円

本件事故の態様、原告の受傷、後遺障害の部位・程度、治療経過、原告の年齢その他諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料額は、二七〇万円とするのが相当である。

五  車両損害

前掲乙第五、第八号証、検乙第五、第六号証、原告本人尋問の結果によれば、原告が事故当時被害車を所有していたこと及び被害車が本件事故により相当破損した(前輪・前部どろよけ曲損、左方向指示器破損)ことが認められるが、右諸証拠によつては、いまだ破損部分の修理に要した費用の額あるいは事故当時の被害車の価格(原告本人尋問の結果によれば、原告は、被害車をいわゆる中古車として本件事故の四か月ほど前に購入したものであることが認められるから、被害車の事故当時の価額は、原則としてこれと同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するに要する価額によつて定められるべきである。)を証するに足りず、他にこれを的確に認定しうる証拠も存しないから、結局、原告の車両損害についての請求は認められない。

第四過失相殺

前記第二の一中に認定した本件事故の態様に関する事実によれば、本件事故の発生及び受傷の部位・程度の増大については、原告にも、本件交差点左方道路の見通しがよくなかつたのであるから、徐行し、かつ、前方をよく注視して交差点を進行すべきであつたにもかかわらず、これらを怠り、時速約三五キロメートルに減速しただけで漫然と交差点内に進入しようとした過失及び自動二輪車を運転する者として、交通事故による頭部・顔面に対する受傷を防止ないしは軽減するため、ヘルメツトを着装して被害車を運転すべきであつたのに、事故当時ヘルメツトを着装しないまま被害車を運転した過失(前認定の事故の態様、殊に原告の加害車との衝突状況と原告の受傷状況を考え合わせると、原告がヘルメツトを着装していれば、受傷の程度を幾分かでも軽減させることができたものと推測される。)の存したことが認められるところ、前認定の訴外佐藤の過失内容等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、本件事故により原告に生じた損害の四割を減ずるのが相当と認められる。そうすると、被告会社が原告に対し賠償すべき損害総額は七八四万〇三九三円となる。

第五損害の填補

原告が被告らないし訴外佐藤から、共立診療所治療費分として六五万円、休業損害分として三〇万円の各支払を受け、また、自賠責保険金一三一万円を受領したことは、原告の自認するところである。よつて被告会社が賠償すべき前記損害総額から右填補分合計二二六万円を差し引くと、残損害額は五五八万〇三九三円となる。

第六弁償士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告会社に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は五五万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて、被告会社は、原告に対し、六一三万〇三九三円並びにうち金五五八万〇三九三円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四八年一〇月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金及びうち金五五万円に対する本件不法行為の日の後である昭和四九年八月一七日から支払済みまで前同割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の被告会社に対する本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、原告の被告会社に対するその余の請求及び被告松井に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宜言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 大田黒昔生 畑中英明)

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